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山口地方裁判所 昭和55年(行ウ)4号 判決 1981年8月27日

原告 弘中正二 ほか五名

被告 山口税務署長

代理人 有吉一郎 井山武夫 清水龍三 浜田孝 ほか三名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五四年六月一一日付で原告らに対してした、被相続人弘中武一の昭和三六年分相続税の更正の請求に対する更正処分及び加少申告加算税の変更決定処分のうち、課税価格の合計四〇四二万二五〇〇円として計算した額を超える部分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは昭和三六年一一月六日死亡した被相続人弘中武一(以下「被相続人」という)の相続人であるが、昭和三七年五月四日別表一「課税経緯表」1のとおり弘中武一に係る相続税につき申告した。これに対し、被告は、昭和四〇年四月二七日同表2のとおり更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を行ない、同年五月二二日同表3のとおり原告らが異議申立を行なつた結果、昭和四一年六月一八日同表4のとおり右更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を一部取消す旨の異議決定をした。

2  他方、この間に右とは別に、国の原告ら及び訴外黒川健亮に対する差押債権取立請求訴訟(一審大阪地方裁判所昭和四四年(ワ)第五〇九三号、控訴審大阪高等裁判所昭和四七年(ネ)第五二二号、上告審最高裁判所昭和五〇年(オ)第五三三号。以下「別件取立訴訟」という)が提起され、昭和五一年一一月二五日最高裁判所の上告棄却判決により、国の請求を認容した控訴審判決(以下「別件控訴審判決」という)が確定した。

右控訴審判決は、被相続人が死亡当時訴外株式会社四古谷林業(以下「四古谷林業」という)に対し金一八八三万二五〇〇円の不当利得返還債務を有し、これを原告らが別表二「不当利得金額」欄の「相続により承継された被相続人のもの」部分どおり相続により承継し、これとは別に原告市村栄一、同弘中勝、同弘中正二及び黒川健亮が同表同欄の「各固有のもの」部分どおり四古谷林業に対する不当利得返還債務を有することを認め、同表「請求金額」欄どおりの国の内金請求を全部認定したものであつた。

3  原告らは、右のとおり別件控訴審判決により被相続人が死亡当時一八八三万二五〇〇円の不当利得返還債務を負つていたことが明らかとされたので、国税通則法二三条二項一号に基づき昭和五二年一月二四日別表一「課税経緯表」5のとおり更正の請求をなし、これに対し被告は昭和五四年六月一一日、債務控除すべき確実な債務額は右一八八三万二五〇〇円のうち一五〇〇万円であるとしたうえ、同表6のとおり更正の請求に対する更正処分及び過少申告加算税の変更決定処分(以下「本件更正処分等」という)をした。

原告らは、昭和五四年八月一一日、本件更正処分等を不服として同表7のとおり異議申立をしたが、被告は同年一一月八日同表8のとおり異議申立棄却の決定をし、原告らは更に昭和五四年一二月七日同表9のとおり国税不服審判所長に対し審査請求したが、同所長は昭和五五年七月二九日同表10のとおりこれを棄却する旨の裁決をした。

4  しかしながら、別件控訴審判決により被相続人が死亡当時金一八八三万二五〇〇円の不当利得返還債務を有することが明確に認定されたのであるから、被告は、相続税の課税価額の算定に際して控除すべき債務額として右不当利得返還債務一八八三万二五〇〇円全額を控除すべきであるのにも拘わらず、右債務中一五〇〇万円のみを控除の対象とし相続税の課税価額を四四二五万五〇〇〇円と算定したことは、違法であるので、原告らは被告に対して、本件更正処分等のうち課税価格を金四〇四二万二五〇〇円として計算した額を超える部分につき、その取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認めるが、同4の主張は争う。

三  本件更正処分等の適法性に関する被告の主張

1  相続税法一三条一項は、相続税の課税価格に算入すべき価額は、相続により取得した財産の価額から、「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの」のうち、その者の負担に属する部分の金額を控除した金額とする旨規定し、同法一四条一項は、その例外として、「前条の規定によりその金額を控除すべき債務は確実と認められるものに限る」と規定している。従つて、債務控除額となるべき債務の額は、相続開始の際現に存する被相続人の債務のうち、その者の負担に属する部分の金額で確実と認められるものに限られることが明らかである。

そこで、法がわざわざ「確実と認められるものに限る」旨の規定を置いている意味が、問題となる。

この解釈に当たつては、税法の基本的解釈態度の一つである実質課税の原則に思いを至す必要がある。すなわち、同条項の規定は、そもそも、相続税法上の債務控除の規定の趣旨は、相続税が財産の無償取得によつて生じた経済的価値の増加に対して課せられる租税であるところから、その課税価格の計算においては、相続によつて取得した財産の価額から、その者が負担した被相続人の債務の額を控除して、相続人が現実に取得した経済的価値の増加額を把握し、これを担税力として課税しようとするものであつて、この場合における債務の額は、相続人がこれを履行するはずのものであるから、それだけ相続により取得した経済的価値が失われることとなるので、これを控除する趣旨のものであると解され、その債務が自然債務等で履行することが期待できないものであるときは、仮にその債務が存在していたとしても、それは担税力への考慮の必要はないこととなるので、同法第一四条において「確実と認められるものに限る」旨を規定して、限定したものと解されるのであつて、その“債務の確実性”とは、債務が存在するとともに、債権者による裁判上、裁判外の請求、仮差押、差押、債務承認の請求等、債権者の債務の履行を求める意思が客観的に認識しえられる債務、又は、債務者においてその履行義務が法律的に強制される場合に限らず、社会生活関係上、営業継続上若しくは債権債務成立に至る経緯等に照らして事実的、道義的に履行が義務付けられているか、あるいは、履行せざるをえない蓋然性の表象のある債務をいうものと解すべきである。

2  本件について、その「債務の確実性」の有無を別件控訴審判決の事実認定をもとに検討すると、次のような事実が認められる。すなわち、

(一) 四古谷林業は、昭和二九年三月一九日山林開発を目的として設立され、被相続人が実権を握り一切を処理していた会社であるが、設立後さしたる事業活動もみられないまま昭和三二年二月一日解散し、原告市村栄一及び黒川健亮か清算人となつたが、昭和三五年二月一二日に同人らは清算人を辞任し、同日田上岩市が清算人となつた。

(二) 四古谷林業は、昭和三五年二月一九日に、同社の所有であつた立倒木を十条製紙株式会社に三五三三万二五〇〇円で売却して、その代金を当時の株主であつた者に次のとおり分配した。

(氏名) (立倒木代金の分配額)

被相続人 弘中武一 一八八三万二五〇〇円

原告   市村栄一      六五〇万円

同    弘中勝       三五〇万円

同    弘中正二      三〇〇万円

黒川健亮      三五〇万円

合計        三五三三万二五〇〇円

(三) もつとも、本件取引の実態は、被相続人が実権を握り一切を処理していたので、被相続人が四古谷林業を代理して立倒木を売却し、その売却代金を、株式譲渡代金に名を藉りて四古谷林業の株主間に分配したものである。

(四) 右分配金額は、四古谷林業の財産である立倒木の売却代金を分配したのであるから、これは法律上の原因なくして四古谷林業の損失においてその分配を受けた者が利得したことになり、四古谷林業に返還すべき不当利得を構成するものであり、しかも四古谷林業の財産は本件立倒木が唯一の財産であつて、これを売却すれば後には何も残らないものであつた。

(五) ところが、四古谷林業の清算人となつた田上岩市の選任の経緯は、本件立倒木の売却の仲介人であつた田中富治が、被相続人から本件取引では四古谷林業の株式を譲渡する形式をとるから同社の清算人となる者及び株式譲受人となる者の氏名を通知するように言われ、昭和三五年一月一七日付けの書簡で清算人を田上岩市として通知したためであつて、同人は、田中富治の依頼に応じて立倒木の売買契約書と代金受領証に署名押印した(これも田中富治が一切の責任を持つというので指図されるままに行なつただけである。)以外には、四古谷林業の清算人として何らの事務処理もしていない。

(六) 田上岩市は、清算人がどのような権利義務を持ち税金の後始末をせねばならないものであるか等について一切の関心がなく、同人は、四古谷林業の清算人になつたことについて具体的な承諾をしていないし、また、前清算人である黒川健亮との間で清算事務の引継が行われた事実もない。

前記の事実を総合すると、被相続人は四古谷林業の実権を握つていたものであつて、同社の被相続人らに対する不当利得返還請求権は、いわばその返済を求めるべき債権者と同債務者が実質的には一体となつており到底任意の履行は期待できず、(現に原告らは不当利得ではないとして別件訴訟で争つていた。)また、四古谷林業には本件立倒木を売却した後は何も残らず清算結了と同様の状態となり、同社の形式上の清算人である田上岩市もその選任の経緯及び本人の意思からして同人が同社の清算事務の一環として不当利得返還請求をするとも到底認められない状況であつたのであつて、本件不当利得返還債務は、別件控訴審判決がない限り履行されることが全く期待できない不確実な債務であつたから、被相続人が死亡した当時はもちろん別件控訴審判決があるまでは、本件不当利得返還債務については全額同法一四条一項に規定する確実と認められる債務に該当せず、同法一三条一項の債務控除の対象にはなり得なかつたものである。

3  もつとも、国は、昭和四三年七月三〇日四古谷林業(滞納者)の被相続人らに対する右不当利得返還請求権を差押え、別件取立訴訟を提起したが、それが別件控訴審判決の確定により国の勝訴に終わつたので、原告らはそのうちの一部を右判決に基づいて返還しなければならなくなり、本件更正の請求をしたものである。

ところで、国税通則法二三条二項の更正の請求は、租税債務が確定した後同項に定めるような後発的事由が生じた場合、これら後発的事由に基づく当初更正処分等の無効確認又は取消しの訴訟を提起することが法律上許されないことから生ずる実質的不公正の是正、納税者の不利益救済を目的とするもので、原告らの本件更正の請求において是正されるべきは、原告らが別件控訴審判決によつて返還を命ぜられた債務を弁済することによつて失われる相続財産価額、すなわち判決において返還を命ぜられた金額であるというべきである。

4  そこで次に、別件控訴審判決が原告らに返還を命じた額のうち、被相続人から相続によつて承継した不当利得の返還債務の額はいくらかが問題となる。

(一) 確かに、別件控訴審判決において、裁判所が原告ら及び黒川健亮に対して不当利得返還債務の履行として返還を命じた金額は、別表二の「請求金額」欄のとおりであつて、その存在が確認された不当利得返還債務の額の全額について返還を命じたものではない。

もつとも、原告らが被相続人の本件不当利得返還債務を共同相続したことは当事者間に争いがないところであつて、右判決において原告らのうち黒川辰子、小林愛子及び弘中花枝の三名(以下「原告黒川辰子ほか二名」という。)に対して返還を命じた不当利得返還債務の額は、被相続人から相続によつて承継したもののみであつて、その金額はそれぞれ二五〇万円となつている以上、原告らのうち弘中正二、市村栄一及び弘中勝の三名(以下「原告弘中正二ほか二名」という。)に返還を命じた額については、そのうち被相続人から相続した不当利得返還債務の額がそれぞれいくらであるかは直接明示がなくても、原告黒川辰子ほか二名と同額と解するのが相当である。そうであれば、原告弘中正二ほか二名が被相続人から相続によつて承継した不当利得返還債務は、右のとおり原告黒川辰子ほか二名と同額の二五〇万円というべきであつて、被相続人の不当利得返還債務の額一八八三万二五〇〇円のうち本件控訴審判決によつて返還を命じた額は、二五〇万円に相続人の数六を乗じた一五〇〇万円となる。

(二) 仮に、別件控訴審判決において原告らに返還を命じた額のうち、被相続人から相続によつて承継した不当利得の返還債務の額が一五〇〇万円でないとしても、次のとおり一四六二万〇三二三円である。

一般に、同質の債務が併存し、その合計額のうち一部の弁済があつた場合にどの債務に充当するかは、当事者の合意又は指定がない限り民法の規定に従うこととなるが、この点に関し、民法四八九条は、第一号で弁済期にあるものと然らざる場合とでは弁済期にあるものを先にし、第二号では債務者のために弁済の利益多きものを先にし、第三号で弁済の利益相同じときは弁済期の前後によるべきであり、また、第四号では前二号に掲げた事項が相同じ場合は各債務の額に応じて充当する旨規定している。

ところで、本件における債務は、不当利得返還債務であることから弁済期についてはすべて相同じ債務であり問題はないが、弁済の利益については、本件債務のうち原告らのうち弘中正二ほか二名の固有の債務については相続税法一三条一項に規定する債務控除の対象にならないのに対し、被相続人から相続により承継した債務については右相続税法の債務控除の対象となるので、弁済の利益について差異があるのではないかという問題がある。しかし、民法が法定充当の際考慮すべきとする利益とは、利息の有無及び利率の高低、担保の有無、債務名義の有無その他債務の負担を除去することの利益の多寡をいうのであつて(例えば、支払いの請求が厳しいというごときは事実上の利益であつて考慮に入るまい。)、本件のように債務の弁済が法の債務控除の対象となるかどうかということは、その弁済の効力(債務自体の負担の控除)には関連がないので弁済の利益ということはできず、それは単に弁済の反射的効果にすぎない(仮に、法の債務控除の対象になることを重点に考えれば、前記のような利益すら無視して法定充当の順序を決めることにも合理性があることになるが、それでは租税回避行為になる虞れもあり、また、民法四八九条にも反することになる。)。従つて、本件の場合は、弁済期及び弁済の利益ともに相同じ債務に該当するので、民法四八九条四号により、各債務(弘中正二ほか二名の固有の債務並びに被相続人から相続により承継した債務)の額に応じてこれを按分することとなる。その按分計算は別表三のとおりであつて、債務控除額に算入すべき被相続人の不当利得返還債務の額は一四六二万〇三二三円となる。

5  以上の次第で、債務控除額となるべき債務額は金一五〇〇万円であり、これは本件更正処分等で認定した額と一致するし、仮にそうでないとしても、右債務額は金一四六二万〇三二三円と認められ、これを上回る金一五〇〇万円を債務控除額とした本件更正処分等は何ら原告らに不利益を与えず、結局本件更正処分等は債務控除額が右いずれに認定するとしても適法である。

四  被告の主張に対する反論

1  被告は、被相続人が四古谷林業の実権を握つていたということを前提として、四古谷林業の被相続人らに対する不当利得返還請求権は任意の履行の期待できないものであつたと主張するが、これは全く事実に反する。

四古谷林業の清算人となつた田上岩市及び四古谷林業の全株式を取得した田中富治らは十条製紙株式会社の出入業者で、別件控訴審判決で認定の立倒木売却前には弘中側と何の面識もなかつた人間であり、被相続人にしてみれば右両名らは取引の相手方である。また取引終了後、即ち不当利得返還請求権発生後に四古谷林業の実権を握つていたのは、十条製紙株式会社である。

にもかかわらず、昭和四三年まで四古谷林業が不当利得返還請求権を行使しなかつたのは、実権を弘中側が握つていたためではなく、右請求権が発生するか否かの法律的判断が容易でなかつたからにほかならない。このことは、別件控訴審判決の一審である大阪地方裁判所の判決が、右不当利得返還請求権の存在を否定していることからも明らかである。

又、実際にも、原告らは後記3で述べるとおり、被相続人から相続により承継した不当利得返還債務の全額につき、別件控訴審判決後国に対し任意に支払つている。

2  相続税法一四条一項の「確実な債務」とは当然請求されるべき債務であれば足り、結果的に、債権者がその一部を請求しなかつたとしても関係ないと言うべきであるから、別件控訴審判決が給付を命じた金額のみが控除すべき確実な債務であるとの被告の主張は失当である。

即ち、国とすれば、四古谷林業が被相続人らに対し有していた不当利得返還請求権の合計金額三五三三万二五〇〇円全額を差押えて取立権を有していたのであり、かつこれを上回る四古谷林業に対する租税債権を有していたのであるから、別件取立訴訟において原告らに対し当然右全額を請求でき、かつ請求すべきであつたのであるから、偶々国が右全額を請求せず一部請求したにとどまつたとしても、右一事をもつて、控除すべき確実な債務額が右一部請求額に減縮されるいわれはないのである。

又、国税通則法二三条二項一号においても、「計算の基礎となつた事実に関する訴えについての判決により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」と規定し、判決主文に限定しておらず、この点よりみても、別件控訴審判決において認定された債務額金一八八三万二五〇〇円全額が控除さるべきであつて、右判決が給付を命じた部分に限定さるべきではない。

3  被告は、別件控訴審判決が原告らに給付を命じた不当利得返還債務のうち被相続人の債務を承継した部分は金一五〇〇万円であり、そうでないとしても金一四六二万〇三二三円である旨主張するが、別件控訴審判決はその給付を命じた額につき固有分と被相続人からの承継分との各内訳については何ら明示しておらず、被告主張のように解すべき根拠はない。

即ち、国は、別件取立訴訟において原告らに対し内金請求しかなさず、しかも、原告広中正二ほか二名に対する請求について、その内金請求が右原告らの固有の分か相続により承継した分なのかの内訳を明示しなかつたので、国の求めた範囲でのみ支払を命じた別件控訴判決も、右内訳を示さなかつたのである。従つて、原告広中正二ほか二名としては、要するに相続分と固有分との中から主文で示された額を支払うよう命じられたに過ぎないのである。

ところで、一部弁済の場合に、当事者の合意又は指定がない場合には民法四八九条により法定充当されることとなつており、右規定によれば、総債務が弁済期にあるときは債務者のために弁済の利益が多いものから先に充当されることとなる。これを右不当利得返還債務についてみると、原告ら固有の債務については相続税における債務控除の対象にならないのに対し、被相続人から相続により承継した債務については債務控除の対象となるのであるから、相続分から弁済する方が債務者にとつて利益が多いことは明白であり、まず相続により承続した債務から法定充当さるべきこととなる。従つて、別件控訴審判決後原告らが任意に国に支払つた金三四〇五万〇八三〇円は、まず相続分の債務一八八三万二五〇〇円の弁済に充当されたものであり、原告らは右全額を現実に支払つているのである。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告らが被告に対してなした別件控訴審判決の確定による国税通則法二三条二項一号の更正の請求に対し、被告が金一八八三万二五〇〇円の不当利得返還債務のうち債務控除すべき確実な債務は金一五〇〇万円であるとしてなした本件更正処分等の適法性につき、検討する。

1  相続税の課税価格の算定上債務控除の対象となる債務は、被相続人の債務で相続開始の際に現に存しその者の負担に属する金額であることを要する(相続税法一三条一項一号)とともに、確実と認められる債務でなければならない(同法一四条一項)。そして、右の確実と認められる債務とは、債務が存在するとともに、債権者による裁判上、裁判外の請求、仮差押、差押、債務承認の請求等、債権者の債務の履行を求める意思が客観的に認識しえられる債務、又は、債務者においてその履行義務が法律的に強制される場合に限らず、社会生活関係上、営業継続上若しくは債権債務成立に至る経緯等に照らして事実的、道義的に履行が議務づけられているか、あるいは、履行せざるを得ない蓋然性の表象のある債務をいうもの、即ち債務の存在のみならず履行の確実と認められる債務を意味すると解するのが相当である。

2  本件において、債務控除の対象となるべき債務の存在に関しては、前記一のとおり、別件控訴審判決が金一八八三万二五〇〇円の不当利得返還債務を被相続人が死亡時有していたことを認定し、かつ右判決が確定したこと当事者間に争いなく、問題はない。

そこで、右不当利得返還債務の履行の確実性の点を検討する。

本件更正処分日等の適法性に関する被告の主張2の(一)ないし(六)の事実については、原告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなすところ、右事実より考えれば四古谷林業を事実上支配していた被相続人が、自ら企図して本来四古谷林業に属する立倒木代金を自己を始めとする四古谷林業の株主にいつたん分配しながら、後になつてこれが不当利得であるとして四古谷林業に任意返還するとは考え難いし、一方、右立倒木の売却とその代金の株主への分配により事実上清算が結了し、かつ清算事務遂行の意思も関心もない形式上の清算人が存するだけの四古谷林業がこれを請求することも到底考えらずれ、現に四古谷林業が昭和四三年まで被相続人や原告らに対し右請求をしていないことは原告らの自認するところである。又<証拠略>によれば、別件取立訴訟において、原告らと黒川健亮は国が主張する不当利得返還債務の存在を全面的に争つていたこと、並びに履行期を昭和四三年八月一五日とし、右不当利得返還請求債権を差押える旨の国の同年七月三〇日付の債権差押通知書が同年八月一日から二日ころにかけ原告らと黒川健亮に到達したこと、及び右履行期間内に原告らと黒川健亮がその支払をしなかつたことは当事者間に争いのない事実であつたことが認められ、被相続人の債務を承継した原告らにおいても任意履行の意思がなかつたこと明らかである。

もつとも原告らは、別件控訴審判決後金三四〇五万〇八三〇円を国に任意弁済しているところ、国が差押えにより取立権を取得した不当利得返還請求債権合計金三五三三万二五〇〇円のうち、原告らが相続により被相続人を承継した金一八八三万二五〇〇円についてはその弁済により相続税につき債務控除を受け得る利益を有するから、民法四八九条二号に従い右弁済はまず右金一八八三万二五〇〇円に充当された旨主張し、<証拠略>によれば、原告らと黒川健亮が昭和五二年六月一四日と同年八月二二日の二回にわたり国に対し合計金三四〇五万〇八三〇円を支払つたことがうかがわれるが、前記のとおり債務控除の対象となるか否かは相続税法一三条一項一号、一四条一項に従い決せられ、債務の弁済とは直接関わりがないから、これを弁済の利益と認めることができず、かえつて、債務名義を備えた債務とそうでない債務とでは前者に対する弁済の方が利益が多いと解されているところであるから、前記弁済はまず債務名義を備えた債務即ち別件控訴審判決が給付を命じた部分に充当されることとなる。そして<証拠略>によれば別件控訴審判決が給付を命じた額は、不当利得返還債務金二七〇〇万円とこれに対する昭和四三年八月一六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金であり、その総額は前記弁済以前の昭和五二年五月一五日現在で既に金三八八一万二五〇〇円(2700万円×(1+0.05×89/12)=3881万2500円)に達していたことが認められ、結局、前記弁済は、別件控訴審判決が給付を命じた部分の弁済に全て充当されたものに外ならない。

以上を総合すれば、被相続人が死亡当時有していた金一八八三万二五〇〇円の不当利得返還債務は、別件控訴審判決が確定するまでその全額につき履行されることが全く期待できない不確実な債務であつたと言うべきであり、かつ別件控訴審判決によりその履行が確実と認められるに至つた額は右判決が原告らに給付を命じた額と言うべきである。

3  それでは、別件控訴審判決は、原告らが被相続人から承継した金一八八三万二五〇〇円の不当利得返還債務のうち、いくらにつき給付を命じたものであろうか。

前記争いのない事実によれば、原告黒川辰子ほか二名に対し別件控訴審判決が給付を命じた額(各二五〇万円、合計七五〇万円)については、全額が被相続人の不当利得返還債務を承継した分であることが明らかである。

問題となるのは、前掲<証拠略>及び前記争いのない事実により明らかなとおり、各人固有の不当利得返還債務と被相続人の不当利得返還債務を承継した分とがありながら、そのいずれからいくら支払を求めるかを明示しないで内金請求がなされ、かつ判決でもこれが明示されなかつた原告広中正二ほか二名の関係であるが、右のごとく複数の債権につき給付を求める部分を各債権毎に明示しないまま内金請求をなす場合の原告の意思は、右請求額が認容されるならば、既判力、執行力は複数の債務のうちのどの部分に生じてもよい、即ちその部分の画定は裁判所にゆだねたものと解される。従つて、右のような内金請求を認容する場合には、裁判所が判決において複数の債権中どの部分につき給付を命ずるか自由に決めることができるし、これを特に明示しない判決は、特段の事情のない限り、認定した複数の債権額に応じ按分した額につき給付を命じた趣旨と解するのが相当である。そうすると、右原告三名の関係で別件控訴審判決が給付を命じた額のうち被相続人の債務を承継した分の額は、同判決につき前記特段の事情を認めるに足るものはないから、別表三のとおり原告市村栄一金一九五万三八三二円、同弘中勝金二四八万二一六〇円、同弘中正二金二六八万四三三一円となる。

4  右のとおり、被相続人が死亡当時有していた金一八八三万二五〇〇円の不当利得返還債務のうち確実と認められる債務額は、別件控訴審判決が原告らに給付を命じた金一四六二万〇三二三円であつて、右金額が国税通則法二三条二項一号に基づく本件の更正の請求に対し是正されるべき債務控除額と認められる。

従つて、右を上回る金一五〇〇万円を債務控除の対象額と認定し課税価格を金四四二五万五〇〇〇円として計算した本件更正処分等は、何ら原告らに不利益を与えるものでなく、適法である。

三  よつて、原告らの請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡宜兄 紙浦健二 上田昭典)

別表一ないし三 <略>

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